気がつけば、初心を忘れる。
笑っちゃうくらいに忙しい。
笑うしかないくらいに、忙しい。
立場は同じ。
でも、振り回される。
お前がやったんだろ?
そんな脅しに近い視線を感じる。
未来を見るのは、大変なこと。
未来を先取りしたって言っても、分かってもらえるはずがない。
10年先を考えたつもり。
10年?
協力する気のない人からみれば、寝言にしか聞こえない。
気がつけば、初心を忘れる。
笑っちゃうくらいに忙しい。
笑うしかないくらいに、忙しい。
立場は同じ。
でも、振り回される。
お前がやったんだろ?
そんな脅しに近い視線を感じる。
未来を見るのは、大変なこと。
未来を先取りしたって言っても、分かってもらえるはずがない。
10年先を考えたつもり。
10年?
協力する気のない人からみれば、寝言にしか聞こえない。
職場のコンピュータシステムの構築に、深く関わっている。
それは、自分が目指した世界ではない。
自分が目指した世界じゃないから、いい加減で良いとは思っていない。
自分が目指した世界じゃないから、そこは素人。
生業のための仕事で、プロ意識を持とうとは思っていない。
僕は自分が目指した世界のプロでありたいと思っている。
考えても、考えても答えは出ない。
答えは出なくとも、考え続けてしまう。
目を瞑ると、遠き日の思いが駆け巡る。
グルグルと回って、元に戻るだけ。
どっしりとのしかかる重み。
心がどんどん重くなる。
心はどんどん閉ざされていく。
自分で閉ざすしかない。
誰もノックしてはくれない扉。
閉ざされたら、開かれることのない扉。
心の扉は閉じてしまった。
もう開く夢を見るのはやめよう。
閉ざしたままで生きていこう。
心が通わない。
それでもいいや。
血のかよった心を失っても、誰もそれには気付くまい。
気付かれないように生きていけば良い。
他との接触を極力、避ける。
閉ざされた心は、孤独だけが栄養。
温もりは、もう帰ってはしないのだろう。
このまま冷めた心で生きていこう。
それが自分にとって、一番、無理のない暮らしだから。
そのうち、きっと良いことあるだろう。
まだまだ残りの人生も長い。
そのうちに、きっと良いことあるだろう。
そう思わなきゃ、やっていられない。
そう信じることができなきゃ、やっていられない。
これも、それも人生。
いろいろなことがあるもんだ。
悪いことはしていない。
人を騙したりしていない。
人を欺いたりもしていない。
自分のためだけに、生きていない。
私利私欲を貪ってはいない。
人のために、自分の時間を削っている。
自分の時間を削ってでも、自分にできることは精一杯やっている。
そんな人生は愚かかもしれない。
けど、そうやって生きていくしかないのだから仕方ない。
それしかできないのだから、仕方ない。
そのうちに、きっと良いことあるだろう。
そう信じて、歩いて行こう!
僕の人生。
このままで終わるのか?
定年退職まで20年。
このままで終わってしまうのか?
暮らしていけるから問題なし?
本当にそれで良いのか?
今の生活。
まるで貯金を食い潰して生きているような生活。
入ってくる量よりも、出ていく方が多い。
完全に赤字の暮らし。
昔の貯金があるから、なんとか暮らしていける。
それが尽きたら・・・。
最近、そういう恐ろしい未来を感じ始めた。
貯金が尽きれば、赤字が出せない。
出る量よりも入ってくる量を増やさないと、破綻する。
もうすでに、破綻寸前!
実際のお金の話じゃありません。
「知」に関すること。
「知の貯金」を食い潰しながら生きている。
いつ底にたどり着いてもおかしくない綱渡り。
どうして形ばかりにこだわるのだろう。
どうだって良いじゃないか、そんなもの。
中身で勝負だよ、中身で!
不潔じゃまずけど、そうじゃない。
ちょっとした異端。
異端だからこそ、新しいものを生み出せる。
そう信じている。
だからこそ異端を目指す!
趣味が仕事になれば幸せ。
ずっとそう思ってきた。
実は違う。
おタク的な楽しみは、自分だけにしか理解できない楽しみ。
それが仕事になると、自分の楽しみを切り売りしているような感じがしてくる。
世は高度情報化社会。
IT社会?
ICT社会?
とにもかくにも、コンピュータが使えるということは、就職にはかなり有利。
コンピュータが使えないと仕事にならない時代がやってきたから、仕事があるようなもの。
別にコンピュータを使って、日々の生業にしようとは考えていなかった。
ただ機械が好きなだけ。
ただコンピュータが面白いだけ。
学問的な興味とは違う。
共有する知の蓄積や、画期的システムが作りたいわけじゃない。
ただ一緒にいるのが好きなだけ。
同じ空気を吸っていたいだけ。
自分だけの世界。
ただそれを楽しんでいただけ。
だから、人よりもコンピュータに詳しいなどと思ったこともない。
自分よりもっと詳しい人は、山のようにいるんだから。
ただほんのちょっとだけ、仲良しだという自負はある。
みんなが詳しいというのとは違う。
仲が良いだけ。
人間関係も同じ。
仲の良い人については、いろいろ詳しく知っているでしょ?
それを他の人と比べたりしないでしょ。
どっちが詳しい。
だから自分の方が仲が良い。
これじゃあ子どもの喧嘩だよ。
それを切り売りしているいまの生活。
良心が痛んで耐えきれなくなってきた!
知的な関心の希薄な人と話をしていても、楽しくない。
雑談とは言っても、知的な香りのする話がいい。
もともと雑談は苦手。
どうもたわいもない話、というのが苦手。
テーマがあって、それを掘り下げるのはいいけど、なんとはなしに話をするのは苦手。
何かについて話をする。
それが、知的であればあるほど、時間を大切に使った気がする。
職場でも家庭でも、知的な香りのする話がいい。
そうでないと楽しくない。
頭を使う活動。
これほど楽しいことはない。
体を使う活動だって、頭を使わないとダメでしょう。
知的な香りのする生活。
これなんだよねぇ。
今朝の山手線。
ある女性が座席についた。
あとひとつ残った座席。
その女性の笑顔が、素晴らしかった。
実に美しい笑顔だった。
なんとか座れた。
それが当たり前と考えてしまう。
電車の座席の奪い合い。
見苦しいけど、自分も参加してしまう。
電車では座りたい。
そういう考えが、何時の間にか、座れて当座と思い込んでいる。
だから座れないと悔しい気持ちで一杯になってしまう。
電車で座れること。
絶対に座れないと思っていて、座れると嬉しくなる。
無理だろうなぁ、と思いながらも、どこかが空かないかなぁーと、見苦しい発想をもっている。
その女性の笑顔。
座れたことを、本当に心から喜んでいる、豊かな笑顔。
座れないのが当たり前。
だから、電車で座れたことで、大きな幸せを感じているような笑顔。
その笑顔に引き込まれて、その女性の顔を見つめてしまいました。
目が合いそうになったので、慌てて逸らしました。
だけど気になる良い笑顔。
自分がこうしたいと思うことを、いつの間にか当然のことと思い込んでしまうことが、多々ある。
こうしたいと、思えば思うほど、それがうまくいかないとイライラが募る。
朝の笑顔とは反対。
小さなことで、ああいう笑顔になれたら良いなぁ。
日々の生活のなかで、当たり前という発想が消えれば、あらゆることが喜びに変わるのかもしれない。
喜びが多ければ、幸せ。
決めつけなどで、喜びを消しちゃいけないんだよね。
心狭き自分には難しいこと。
でも電車のなかのあの笑顔のように笑える日々を目指します。