新しいシステム。
その使い方の説明。
分かろうとしない人には、何を言っても意味がない。
だって、分かろうとしていないんだから。
そういう人に限って、説明会を開けとか、説明書を作れって言ううんだ。
説明会を開いたって、寝ている。
説明資料を配っても、読まない。
それじゃあ、わかるわけがない。
自分に対してわかりやすいもの以外は受け付けない。
他の人は、どうでも良い。
自分さえわかれば、それで良い。
わからない自分を認めようとしない。
これが根本の原因。
新しいシステム。
その使い方の説明。
分かろうとしない人には、何を言っても意味がない。
だって、分かろうとしていないんだから。
そういう人に限って、説明会を開けとか、説明書を作れって言ううんだ。
説明会を開いたって、寝ている。
説明資料を配っても、読まない。
それじゃあ、わかるわけがない。
自分に対してわかりやすいもの以外は受け付けない。
他の人は、どうでも良い。
自分さえわかれば、それで良い。
わからない自分を認めようとしない。
これが根本の原因。
吸わない時間が長くなると、なぜ、という疑問が頭を駆け巡ります。
どうして自分はタバコを止めなければならないの?
健康のため?
お金のため?
浮かぶ理由よりタバコへの執着の方がまだ強いようです。
吸わない理由を探しているということは、自覚できていない証拠。
なんでしょうねぇ、タバコって。
僕だって子どもの時には吸ってなかったのに!
『禁煙セラピー』に書かれているように、うまくはいきません。
半端な姿勢がダメなのか?
まだタバコを止める気が本気でないのかなぁ。
評価されないことに、日々、怒りを覚えていました。
今日は珍しく評価されたような感じ。
上の人からそういう対応をされました。
驚くやら、呆れるやら。
普段とは違った上の人の対応に、ビックリするばかり。
評価されない時は、不満を持って当たり前。
評価を得るために働いているわけではありません。
だからといって、正当な評価が得られなければ、怒りがこみあげてきます。
自分はこんなに働いているのに!
それが身勝手な考えでなければ、そう思うことの方が正しいのです。
評価しない方がおかしいのです。
評価できる能力すらない人が、上に立つこと自体がおかしいのです。
不当な評価しかできない無能な人は、上に立ってはならないのです。
評価された時。
それに驕ってはいけないと思っています。
やっと正当な評価をできるようになったか、という発想で驕ってはいけないのだと考えています。
それでは、評価する能力のない人たちと同じレベルにすぎません。
評価されないことを、普段、どんなに不満に思っていようとも、評価を得られた時は謙虚にならなければならないのです。
評価された時こそ、それに驕らず、謙虚に自分を見つめなければならないのです。
そうでなければ、単に上の人を誹謗中傷していることにしかならないのです。
評価されないことを、論理的に思考しているなら、謙虚になれるのです。
評価されることが正当ならば、その時には謙虚になれるはずなのです。
タバコを減らしたことが原因?
とにかく眠い!
自宅禁煙に挑戦中。
職場では吸ってしまうタバコ。
自宅なら持っていなければ・・・。
職場を出たら禁煙。
タバコが切れて時間が経つと眠い!
眠くて眠くて仕事になりません。
ちょうど帰宅ラッシュの時間と重なっているのでしょうか。
それともまだお店が空いている時間だからでしょうか。
街にはまだ大勢の人たち。
足早に帰路につく、というよりも、会社帰りの一時を楽しんでいる風情さえ感じてしまいます。
仕事帰りにお買い物なんて、コンビに以外は考えも及びませんでした。
だって普段の帰宅時間は、コンビニと居酒屋さんぐらいしか開いていませんからね。
早く帰るのも悪くないですねぇ。
人混みは辛いですが、賑やかな方が生きている実感が湧いてきます。
これまでは死んだような生活?
死というよりも、奴隷的なというべきですかね。
もっと人間的な生活を志そうと思いました。
もう仕事に操られるような生活はたくさんです。
もっと人として、きちんした生活を営もうと思います。
人としての営みある生活。
これだな!